小学校 社会科クイズ

(1)縄文のむらから古墳のくにへ(6年生)


Q1

縄文時代の人々が食料としていたもののほねや貝がら,土器などがたくさん発見された遺跡いせきは,何といいますか。



答え

貝塚かいづか


解説

縄文時代の人々は食べたあとの貝がらなどをてる場所を決めていました。貝塚から当時の人々がくらしていた場所がわかります。なかでも東京都内の大森おおもり貝塚が有名です。貝塚は日本各地に見られ,北海道ほっかいどうにはオホーツク海に面したモヨロ貝塚があります。


Q2

次の遺跡いせきのうち,縄文時代のものとみられているものはどれでしょうか。
板付遺跡いたづけいせき(福岡ふくおか県),三内丸山さんないまるやま遺跡(青森あおもり県),登呂とろ遺跡(静岡しずおか県),森将軍塚古墳もりしょうぐんづかこふん長野ながの県)



答え

三内丸山遺跡


解説

三内丸山遺跡は,5500年ほど前とみられるむらのあとです。縄文時代の遺跡ではこれまでない大きな建物などが発掘されています。板付遺跡と登呂遺跡はそれより新しく,弥生時代のものです。森将軍塚古墳は,さらにあとの古墳時代のものです。


Q3

縄文時代とそれより新しい弥生時代とで区別される,ある技術は,何をつくる技術でしょうか。



答え

稲(米)


解説

今から約1万年前に中国大陸で始まったとみられている稲作が,日本にも伝わりました。稲はほかの作物より長い間保存でき栄養が多いので,人々の生活が安定するようになりました。また,米や種もみをたくさん手に入れることができるかによってたくわえの違いが目立つようになり,身分に差ができるようにもなりました。


Q4

王や豪族ごうぞくをほうむった小山のように大きな古墳は,各地のたくさん見られます。古墳の形はつくられた時期によってちがいます。5世紀ごろに今の近畿きんき地方には前方後円墳ぜんぽうこうえんふんという形のものがつくられていました。このうち,最大の古墳は何とよばれているでしょうか。



答え

大仙だいせん古墳


解説

大阪府堺市おおさかふさかいしにあります。5世紀に工事期間は15年8か月かかりつくられた日本で最大のもので,全長486m,高さは35mあります。古墳を築くにはすぐれた技術者がいて,また多くの人々を働かせることのできる力も必要であった,と考えられています。


Q5

5世紀から6世紀にかけて大和朝廷やまとちょうていがしだいに各地に力をのばしていくようすは,古墳から出土したてつけんによってわかってきました。埼玉さいたま県の稲荷山古墳いなりやまこふん熊本くまもと県の江田船山えたふなやま古墳から出土した剣にきざまれた文字からわかった,大和朝廷の大王おおきみは何とよばれていたのでしょうか。



答え

ワカタケル大王


解説

江田船山古墳が発掘されたのは1873年,稲荷山古墳は1968年に発掘されました。鉄剣に刻まれた文字が同じ大王であることがわかり,大和朝廷の勢力に広がりがあることが確かめられました。


Q6

今から約2500前に現在のインドでおこり,現在の中国ちゅうごく朝鮮ちょうせん半島を通って6世紀に日本に伝えられたという,現在の日本で定着している教えは何でしょうか。



答え

仏教


解説

仏教は現在のインドでおこりその後インドの北の方や,南の方を通って各地に広がりました。日本には北の方から,朝鮮半島を経て伝わったと考えられています。


Q7

縄文じょうもん土器を使って生活していたころ,人々がくらしていた住居は何とよばれていますか。



答え

たてあな住居


解説

たて穴住居は,地面を浅くほってゆかにして,その上に草などで屋根をふいてつくっていました。復元ふくげんされた住居を見ると,入り口はせまいけれど中は意外に広いです。ふつう一つの家族で4人から5人がくらしていたと考えられています。


Q8

弥生やよい時代から古墳こふん時代にかけて,朝鮮ちょうせん半島からわたってきて住みつく人がおおぜいいました。この人たちは何とよばれていましたか。



答え

渡来人とらいじん


解説

今の中国ちゅうごくや朝鮮半島から日本にやって来た人たちをこうよんでいます。そうした人たちのなかには建築や土木工事,焼き物などの技術を身につけた人々が少なくありませんでした。さらに,漢字や仏教を伝えたのも渡来人でした。


Q9

3世紀ごろから7世紀ごろにかけて王や豪族ごうぞくをほうむった大きな山のような墓を何とよんでいますか。



答え

古墳こふん


解説

日本各地にたくさんの古墳が残っています。いちばん大きなのは,大阪おおさかさかい市にある大仙だいせん古墳です。古墳の形はさまざまあり,築くにはすぐれた技術と多くの人を働かせる力が必要であったと考えられています。


Q10

8世紀ごろに,各地の人々の生活の様子や地域の自然などをしるした書物は,何と呼ばれていますか。



答え

風土記ふどき


解説

風土記は8世紀ごろにつくられました。古事記こじき日本にほん書記しょきのように有名ではありませんが,古代の日本列島の様子を知ることができる貴重きちょうな書物です。それぞれの国でまとめられて政府に出されました。いくつかが残されていますが,完全な形で残されているのは,今の島根しまね県,出雲いずもの国風土記だけです。



社会科クイズ トップページへ
このページの先頭へ