1.身近な自然の観察
(5)自然観察・実験のてびき
4.自然界のつりあい・環境保全・地質と地形の世界
(4)自然のめぐみ
(5)地質や地形の世界
(620)玉川上水
「うわあー。緑がとてもすてきな道ですね。」
「ここはどこなんですか? モンタ博士。」
「ここは玉川上水の道だよ。緑が豊かで気持ちよくて、都立公園にもなっているんだよ。」
「『たまがわ』なので、多摩川と何か関係があるのですか?」
「関係はないんだ。玉川というのは、あとで説明するけど、人の名前なんだ。」
「上水というのは、何ですか?」
「飲み水ということだよ。玉川上水というのはね、徳川家康が天下統一してから、江戸(東京)の人口が急に増えて、たくさんの飲み水が必要になってきて、当時の人が掘って作った川なんだ。」
「えー。人が作った川なんですか。どこからどこまであるのですか?」
「羽村の堰という所から新宿の四谷までの約42kmくらいだね。」
「へえー、すごく長いですね。それを全部掘ったのですか。大変でしたね。」
「掘るのももちろんすごい工事だったけど、大変だったのは、土地の高低差が無かったんだよ。水は、高い所から低い所に流れるね、でも、高い低いの差がないと、水は流れないからね。」
「たくさんの人の力とお金もかかったのでしょうね。」
「そうなんだ。予定していたよりもお金もかかったので、工事が中止になりそうだったけど、玉川兄弟が私財(じぶんのお金)を出して工事を完成させたんだ。」
「それで、玉川上水という名前になったのですね。」
「今も上水として使っているのですか。」
「そうだよ。では、玉川上水をてくてく散歩している気分で説明しようかな。」
「どこから歩くのですか。」
「本当は、羽村の堰からがいいけど、ちょっとカットして、東京多摩モノレールの(1)の『玉川上水駅』から出発しよう。」
「ぼくは降りたことのない駅です。」
「(2)の写真を見てごらん。流れがゆるやかでしょ。それから、水もたくさん流れているね。」
「(3)の写真は、水がたまったダムのようですね。」
「ここはね、東京都水道局の小平監視所という所なんだよ。今でも東京都の上水として利用されているんだよ。」
「飲み水としてぼくたちが使っているんですね。」
「そうだよ。ここから地下を通って、東村山浄水場に運ばれているんだ。」
「ここで水を取ったら、玉川上水の水は無くなってしまうのではないですか。」
「そうだね。昭和40年(1965年)までは、ここから新宿の淀橋浄水場に水を送っていたけど、淀橋浄水場が無くなってからは、20年間はまったく水が流れていなかったんだよ。」
「でも、今も水は流れているように見えますが。」
「それはね、長い間は『空堀』であったけど、昭和61年(1986年)に『清流復活事業』というのがあってね、(4)の写真のように、水の流れが元にもどったんだよ。」
「それで、最初の写真のように、とても緑いっぱいのすてきな道になって、てくてく散歩するのに最高に楽しい場所となったんですね。」
「そのとおりだね。今では『玉川上水緑道』として、都立公園にも指定されていて、地域の住民のボランティアや自治体の努力によって、きれいな流れが保たれているんだよ。」
「すてきな自然が残されているんですね。どんなお花がさいているんですか。」
「4月21日に歩いたら、キンランが100株以上あって、大喜びしたよ。いろいろな草花ももちろんだけど、新緑がとても目にまぶしいくらいきれいだったね。それから、『小金井のさくら』も、とても有名でね、江戸時代からおとずれる人がたくさんいたそうなんだ。今度、さくらの満開の時に、みんなで歩きたいね。」
「モンタ博士のおすすめというか、お気に入りの場所はどのへんなんですか?」
「そうだね。どこを歩いても気持ちいいよ。武蔵野美術大学、朝鮮大学校、白梅学園、創価学園、小平市立中央公園、津田塾大学、一橋大学あたりはコナラ・クヌギなどがあり、雑木林の雰囲気があっていいよ。それからしばらく歩くと、小金井公園の近くにはサクラも多くあっていい所だよ。ともかく、あちこちワクワクドキドキいっぱいで、不思議いっぱいで、おどろき楽しみの世界がたくさんあるんだよ。」
玉川上水話題あれこれ
① 上記の羽村の堰と四谷の高低差は92mであり、100m進むごとに21cm(1mでは2mmである)下がる計算になる。つまり、ほとんど勾配が無い状態であり、これだけゆるやかな水路を掘るには、測量技術が大変重要であり、当時の掘削土木工事の粋を集めて行われたと考えられる。
② 1919年、都内のある小学校の児童500名が13名の教師に引率され井の頭公園に遠足に行ったが、休憩時にある児童がまちがって玉川上水に転落した。当時の玉川上水は、水深も深く流れも激しく、土地の人々は「人喰い川」と呼んでいたそうである。引率教員であった33歳の松本虎雄先生は、児童を救おうと飛び込み殉職した。なお、井の頭公園にはその追悼記念碑がある。
③ 文豪太宰治と玉川上水については、太宰ファンでなくても周知の事実である。しかし、内容が暗く諸般の事情で割愛する。なお、「太宰治・山崎富栄」で検索すれば詳細は明らかである。